はたんきょう(巴旦杏)

大阪近郊の鉄道(主に新線建設や計画)について

阪神福島駅地下化工事の思い出話

阪神本線の福島駅 - 野田駅間にある、地下線への入り口部分を Apple Map の 3D 表示機能で表示したのが以下の画像である。

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画像を縦に貫く大きな道路が国道2号線で、それに沿うように走っているのが阪神本線、その上を高架で乗り越えているのが大阪環状線である。

もう少し範囲の広い地図で示すとこの辺りになる。

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ところで、この 3D 画像を見ると、線路の画面向かって右側に謎の空き地があるのがわかる。

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今回はこの空き地にまつわる思い出話しである。

 

この部分は擁壁部と呼ばれる構造になっていて、線路が地下へ潜ってゆく、いわば巨大な溝のような形状をした部分である。そのため線路の両側には垂直のコンクリート壁が構築されており、溝の側面が崩れて来ないように支えている。その壁が擁壁と呼ばれていることから、こういった構造を擁壁部と呼ぶのである。

阪神本線の福島駅付近は1993年に地下化されたが、それ以前は以下で示すようなルートで地上を走っていた。

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私は普段、阪神本線に乗ることは現在でも滅多にないし、当時もあまりなかった。

ところが、地下線への切り替えが行われた頃は、偶然にも、阪神本線で出かける用事が立て続けにあった。当時も鉄道工事には興味があったので、新しくできた地下線がどのようなものなのか、ワクワクしながら乗車していたことをよく覚えている。

特に記憶に残っているのは、梅田方面から野田方面へ電車が地上へと登り始めたところで、突然、減速を始めたことである。

これには理由がある。

実は、線路切り替えが行われた日からしばらくの間は「完全に工事が完了していた」わけではなかった。すなわち、その期間は阪神本線の線路は先ほど画像で示した謎の空き地を通っていたのである。

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上の画像にも記述した通り、地下線への切り替えにあたり、画像向かって左側の擁壁(コンクリート壁)は完成していなかった、というより、切り替えの都合上、完成させていなかったのである。

そのため、この部分の路盤は画面向かって右に少しだけそれたルートを取ることができるようにあらかじめ構築されていた。そして地下線切り替えののち、左の擁壁を作ってから、現在の正式なルートにまたルートを少し変更した。謎の空き地はそのためのスペースだったというわけである。

先ほど、地下線から地上へ登ってゆくところで電車が減速したと書いたが、それは上の画像を見てわかる通り、暫定ルートはいったん左へ曲がってまた右へ曲がっており(いわゆる S カーブ)、高速で通過すると危険なため、速度を緩めなければならなかったのだと思われる。

その後、数カ月以内に何度が阪神本線に乗車する機会があり、何度目かの乗車の際には減速が行われなくなった。その頃には擁壁が完成し、ルートが正規のものに変更されいていたのだろう。

 

このブログで現在、一番力を入れて取材しているのは JR 東海道線支線地下化工事だが、その中でも西梅田一番踏切から JR 福島駅付近(浄正橋踏切)に至る擁壁部を担当する南2工区に一番関心がある。おそらく、2023年3月の地下線切り替え日は大変な徹夜作業が行われるだろう。いずれにせよ、私がその南2工区に興味を抱く原点となったのは、もしかしたら、この阪神福島駅地下化工事なのかもしれない。